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働くといふこと

私は、というか、多くの人は働いてます。

勤め人もいれば、自営で切り盛りしてる方もいらっしゃるでしょう。

そんな、働く場を取り巻く環境が様変わりしているらしいということは、皆さんもご存じの通りです。



つい数日前、ポータルサイトの一番目立つとこに、こんな広告が出てました。


CM



「日払いの魅力」?

「一日だけ勤務の魅力」?





このコピーを考えた人、ホントにそう思ってますか。

例えば、私の知人でも、音楽を本気でやっていてライブの日に仕事はできないとか、役者として舞台に立つのが生き甲斐なので、あえて正社員の道を選ばないという人もいます。

数日間の日払いの賃金をギャンブルで数倍にし、半期分の学費を稼いで除籍を免れたという武勇伝を持つ友人もいます。


が。


そういう思いの人が世の中の多数を占めているという情報を、残念ながら私は持ち合わせていません。

魅力?

申し訳ありませんけれど、私はこの広告を目にしたとき魅力を感じるどころか、ぞっとするような思いを抱きました。

……

働くってなんだろう。

働くこと。働かされること。

同じ作業をしていても、その受け止め方によって能率も変わるし、生きる意欲さえも変わるような気がします。



そんなことを思っていたら。

昨夜、というか、日付は一昨日の24日夜。

テレビ朝日系「報道ステーション」内で「定年のない会社」と題した特集報道がありました。

10分ちょっとあります。






「格差社会」と呼ばれる中、賃金の格差の広がりは当然問題ではあるけれど、最も重いのは「自分は居ても居なくてもいい人間」と思う人をつくってしまうことではないでしょうか。

居ても居なくてもいい人間なんて、どこにもいません。

ノーテンキそうに見える私だって、自分の存在意義を考えたとき、絶望的な気持ちになることがあります。

広島ブログ

「少しでも安く労働力を調達する」のが、資本主義における資本家の基本的な考え方なのでしょう。

けれど。

労働力ってのは、単なる数値じゃないってこと、人の心があるってこと。分かってほしいなあ。というか、分かるべき。

……

なんだかとりとめもなくなってきました。

今日は、いつもの締め台詞が似合わないエントリーになったので。


またあした。


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Comment

No title

労働力ってのは、単なる数値じゃないってこと、人の心があるってこと
確かにそうですね
人には、心があるから
だから 存在する意味があるのだと
たとえ 何らかの事情があり
考えることすら忘れてしまった(出来なくなってしまった)方であっても
生きている
生かされている って言うことは、それだけで存在する意味があると思います

仕事をする人の気持ちが 雑になったとき
その仕事が 雑用となる
とある尊敬する方の 言葉です

No title

数年前、生活苦で夕方から夜11時半までスーパーでバイトをしていました。
そのときに若い上司から言われた言葉。
「辞めたければ辞めてもいいよ。代わりはいくらでもいるから・・」
まさに使い捨てです。
正社員は1割であとは全部パート、アルバイト。毎日辞めたり入ったり・・。
上司から言われることだけやればいいけど、考える間もないくらい忙しい仕事です。

いまも年間のうち半分しか働かないっていうゆる~い仕事を選んでいますが、こちらのほうがずいぶん気持ちがラクです。だって仕事にいけば「待ってたよ~!」って喜んで迎えてもらえるし、アテにされるってことは自分の存在意義があるってことですからね~・・
ただし、仕事での責任は全部自分にあるので、ミスは許されないと肝に命じています。(それでもミスは起きますが・・)
同じパートでも、やはり今のほうが働く立場からいうといいですねぇ・・不安定なことはどちらもいっしょなんですけど。。

若い人はやはりプロ意識を持てるような仕事に就いてもらいたいですね。その道でプロになることが自分を確立するということにもつながると思います。パートアルバイトは学生と主婦と定年後の方たちで十分だと思いますよ。

No title

うちの会社にも勤続50年の現役正社員さんがおられます。
確かに頼ってます。特にシビアな修理なんて、やはりその腕にかかってたり。
ぼろーい家具がどこを直したかわからんくらい再生されたりすると感動もんですもん。
でも、その技術をいつまでも頼らずちゃんと伝承していく努力をしないと大変なことに・・・。
さすがに正社員ではないですが70代中盤で、時々入院したりされるおじいちゃんパートさんも来られてます。こちらも勤続うん十年のベテランさんです。
そのおじいちゃん職人さんいわく、なんでもどんな雑用でも仕事があるということが幸せ。
と・・・。なかば退院後のデイケア状態ですが、それでも、「必要とされている」わけで、そしてこちらも何かと来てくれるだけで助かるわけで。
あぁ。でもじーさんにばかり囲まれて、若い(20代とか!)社員さんもほしい今日この頃(笑)

No title

この番組 とても羨ましいなってみていました。技術を持っている職人さんはいいですね。サラリーマン社会はそうは行かないのが哀しい。。です。60歳は若いですもん。定年ももっとあげるべきだと思いますね。やっと60になったけどまだまだ会社によっては55歳だし会社勤めしているだけで若さが保たれ医療機関にお世話になる事も少ないでしょうに?バイトや派遣社員も長年勤めると正社員の道を開くべきだと思いますね。そろそろ定年が気になりだしたサラリーマンの妻より^^;

せんごくテンペさんへ

仕事をする人の気持ちが 雑になったとき
その仕事が 雑用となる

…なるほどと思わせる言葉ですね。
働く側は雑にならないよう、働かせる側は雑にさせないよう、気持ちを持っていく努力をしなければ。

じゃこさんへ

面と向かって「代わりはいくらでもいるから」と言われたときの心中、お察しします。
今はアテにされてるってことは、生き甲斐になるでしょうね。責任を負わされることは逃げ出したくもなりますけど、自分が必要とされることの証明みたいなものですからね。

自分がプロ意識を持てるような仕事をみんなができればいい…。ただ、現在は、日々の生活に汲々として、スキルアップの場が持てない人がたくさんいると聞きます。どうにかならんのでしょうか。

つゆまめさんへ

おぉ、身近なところに、定年知らずの職人さんがいらっしゃいました。
なんでもどんな雑用でも仕事があるということが幸せ…いいなあ、こういうの。
ミヤカグさんは、日本の最先端をいく雇用形態を持つ会社ってことですよ、ホント。
若い子ら対象に、将来の職人候補を募集してみては? ただし、50年間は退職できませんよ、って。

おっちょこおばさんへ

確かに、技術を持っている人は羨ましい。
この番組が伝えたかったのは「高齢者の経験を生かすことで、社会も人も元気になる」ってことでしょう? だったら、サラリーマンだって、その経験を生かす何かの場があるはずなんですよ。
金銭的なこともだけれど、頼られることによる生き甲斐は大切ですよね。私の父は退職して20年近くなりますが、あれこれと仕事を持ってきては「頼まれてばっかりで仕方ないなあ」と楽しそうにしてます。

私たちの時代には定年→ご隠居ってことができるのでしょうか。将来が明るくなるような、政治ビジョンが見えてこない現状が寂しい。

No title

労働力=賃金=人件費となり、経理として数字だけで評価されるものになっているように思います。
労働力=給与は、人々の生活を支え、地域を活性化し、経済効果になると思います。
風が吹けば桶屋が儲かるってのがありますが、風を吹かなくさせているのに経済の上昇はありえないと思います。

働くって、お金を稼ぐためには必要なことです。
でも、仕事をする上で、自分自身が楽しめ、意義を持ち、その達成感に喜びを感じないと、とても虚しいですね。

仕事を、時間をこなすだけでお金をもらえるだけと考えるなら、このコピーは魅力的かも知れませんね。

仕事は、働いた対価としてのお金がもらえると考えるなら、価値観はまったく違ってくると思います。

法律で決められている最低労働賃金で、労働基準法で働くと生活できない。
そんな給与体系がまかり通っているのですから、働く意義だけではどうしようもない世の中だとも思います。

働くことによって、他の人から「ありがとう」といってもらえない人や職場には、
心は失われているのかもしれません。

食の偽装も、そうだと思います。

やんじさんへ

クールに考えると、賃金というのは労働力の対価になるわけで。
自分の時間を提供する代わり、賃金をいただくということでしょう。
けど、やんじさんもおっしゃる通り、それだけだとあまりに味気ない世の中です。
何かこう、明るい未来が見えてこないものでしょうかねえ。

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